東京都のスクールカウンセラー大量「雇止め」の撤回を求め、東京都の教育行政の充実を求める意見書
2024年6月12日
東京自治労連弁護団
1 はじめに
東京都の公立学校のスクールカウンセラー(以下、「SC」という。)が約250人も大量に再度任用をされず公募での採用もされない=民間でいう「雇止め」とされる事態が発生している。
このことは、それ自体がSCの業務継続への期待を裏切り、東京都が大量の失業状態を生み出すことになるとともに、東京都の教育の場面において欠かせない熟練のSCの業務の継続性を奪うことによって、学校の児童・生徒、保護者に公教育上の欠かせない対応を奪う結果となり、また、教員としても頼りにしていた連携先を失う結果となり、公教育の質量の低下をもたらすものである。このような「雇止め」を容認することは、公立学校に通う児童生徒の教育を受ける権利を脅かすとともに、公教育に携わる職員の不安定雇用を拡大するものである。
当弁護団は、今回のSCの大量「雇止め」を許さず、東京都はこれを撤回して、「雇止め」したSCを再び任用して、従前と同様、あるいはそれ以上の質量の公教育の充実を図るようにすることを求める。
2 スクールカウンセラーとその業務の重要性
東京都はこれまで、都内の公立学校に、約1500名のSCを置いてきた。その業務は、通学して学校生活を送るに当たりなんらかの支障や困難のある児童生徒の実情に照らし、児童生徒、その保護者、教員等から相談を受け、助言や援助を行って学園生活を円滑に行うことができるための活動をする、というものであり、その業務の性格上、公認心理師、臨床心理士等の資格を保有して行うものである。
これらの業務を遂行するためには、児童生徒の心理に関する深い造詣と知識が必要であり、また、児童生徒らとの信頼関係を形成するには長期の交流をすることが必要になる。
そのため、SCは、一度ある学校に赴任すると、同じ学校に6年間継続して勤務することが通例であった。
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」(日本国憲法第26条1項)。
通学になんらかの支障や問題のある児童生徒であっても、その者の実情に対応した教育を受ける権利がある。SCの業務は、この権利の実現に貢献するものであり、法の求める公教育の質量の確保のために欠かせない重大な役割を果たすものである。そしてその業務遂行のために、一定の時間を掛けて児童生徒らとの信頼関係を醸成しつつ業務に当たることは、必要不可欠である。
そのために、SCには、単に専門家としての能力が必要なだけではなく、経験を積み重ね業務に習熟することで信頼関係を形成することや児童生徒等の実情等について配慮をしやすくするという意味での熟練性も求められる。
このSC業務の実情に照らし、SCは、6年間同一の学校に勤務するだけでなく、その後学校が変わっても継続して勤務する例が多い。SCには、10年以上にわたって勤務する事例も少なくない。継続して長期に勤務することで、SCとして熟練し、専門性を発揮することで、児童生徒等の通学・学習支援を実現し、ひいては東京都の公教育の充実に貢献してきたのである。
3 「非常勤」「会計年度任用職員」としての地位とその問題性
こうしたSCは、従来は、特別職非常勤職員という地位で任用されてきた。上記2のSCの職能に照らせば、非常勤職員という位置付けとすること自体、東京都が求める業務内容と実際に行われている業務の質量に対して、地位として相当なものとは言いがたい。
それでも、特別職非常勤職員の際には、公募されることもなく再度任用されることで地位の不安定さの問題は一定解消されていた。
しかるに、2020年度から、会計年度任用職員制度がスタートし、SCも地位に移行させられた。そして、東京都が会計年度任用職員について、4回の任用上限を設けることを原則とする方針としたため、2023年度に任用上限を迎えた東京都の会計年度任用職員のSCは、全くの新規採用扱いで公募に応じる以外に業務を継続する方法がなかったため、この枠で公募に応じて業務を継続しようとした。
2項に記載したSCの業務の実態、憲法の要請に応える東京都の公教育の質量の充実に貢献するその内容に照らせば、専門的で熟練性が求められるSCに会計年度任用職員制度は全く適したものとはいえない。SCを会計年度任用職員とし続けること自体が、ふさわしいものとはいえない。
4 今般の「雇止め」の問題性
上記の東京都の方針の下、ようにこれまで公募に拠らず再度任用をされた者も、4回の上限任用を迎える場合は一律の公募で採用を求めるほかなく、結果、1096名の応募者のうち、2024年1月下旬、250名に任用しない旨の結果が通知された。
このような「雇止め」には以下の問題点が認められる。
(1)ベテランのSCは、これまでの業務実績に基づく熟練性と、専門性をもって、多数の児童生徒、保護者、教員等と信頼関係を形成してこれまで業務に当たってきており、これからも児童生徒の通学生活を充実して行うためにその存在と活動が必要不可欠と考えられているところ、あてにしていたSCがいなくなることで、児童生徒らが混乱し、保護者や教員も対応に苦慮し、ひいては、児童生徒らの学校生活がこれまでと同水準の内容が確保できなくなる事態が現実的に発生することが想定される。
この事態を招来することは、東京都の側が積極的に児童生徒らの教育を受ける権利を侵害する行為になりかねないものである。
(2)「雇止め」された職員の側には、なんら勤務実績や内容に問題性は指摘されていないことも重大である。
民間の労働契約においては、期間の定めのある労働契約の場合でも、契約更新を繰り返して長期の勤務実績のある場合は、雇止めする以前に勤務内容に問題があるなどの合理的な理由がある場合でなければ、雇止めを行うことはできず、使用者側が雇止めをしたくとも契約が法定更新されることとされている(労働契約法第19条)。
自治体においては、こうした民間の法理と背反する対応することはせず、むしろ民間の法理との均衡を考慮してその内容を率先して実現すべき対応が求められる。この点を考慮すれば、長期の勤務実績のあるSCを、合理的な理由もなく「雇止め」にするのは自治体の行うべき対応としてあるまじきものである。
この点、今般「雇止め」をされたSCたちには、学校における勤務評定がなされており、学校長による評価もなされている。そして、これらの評価においては、SCたちはむしろ高評価を得ており、学校からの信頼も厚い者もいる。
したがって今般の「雇止め」は、民間の労働契約の雇止め法理との均衡に照らし、あるまじき対応を行ったものである。この事態は、公教育に携わる職員の不安定雇用を拡大するものである。
(3)採用基準の不明確性や面接の問題性も認められる。
「雇止め」をされたSCたちが参加する上記の東京公公共一般労働組合心理職ユニオンは、東京都の教育委員会と交渉を行っている。この中で、都教委は、今般の公募からの採否について、それまでの勤務実績を考慮せず、面接のみで採否を決定した旨を回答している。そうであれば、面接の際の採否の基準がいかなるものであるのかが問題であるが、都教委はその点については回答していない。
しかし、SCの業務に相応しい者であるか否かを検討するにあたっては、それまでの勤務実績やその評価を踏まえて判断するのが相当であることは、「職員の任用は、この法律の定めるところにより、受験成績、人事評価その他の能力の実証に基づいて行わなければならない。」とする地方公務員法15条からも明らかである。採否の基準に従前の勤務実績を考慮しないという採用の考え方自体が不当である。
また、その点を考慮しないならどのような面接の採用基準であるのかについても明示すべきであるのに、その点について回答しないのは不誠実である。 これでは、面接官の勝手な斟酌で採否が決められていてもその不当性が明らかにならない。法に忠実に公平に対応すべき自治体の行動が検証できないのは問題というほかない。
そればかりか、東京公務公共一般労働組合心理職ユニオンが行ったアンケート調査によれば、勤続年数、年齢に比例して「任用止め」の割合が高く、完全な新規応募者783名中441名が合格しており新規応募者の合格率が例年に比べて非常に高い。そのことに照らせば、今般の「雇止め」は、ベテランと新人の入れ替えを実行するものであった可能性が強く推認される。
面談を受けたSCの体験からは、圧迫面接のような面談であった事例も報告されている。圧迫面接であればそれ自体がハラスメントを規制するわが国法制度に照らし違法なものである可能性があり、そうでないとしても、面接の基準が厳正かつ公平なものであったかを疑わしめるものであって「雇止め」の理由に合理性があったとは認めがたい。
(4)小括
以上に照らせば、これまで長期の勤務実績があり、勤務評価に問題のないベテランSCで、SCとして引き続き勤務することを希望するSCを「雇止め」したことは、違法というほかはない。
5 東京自治労連弁護団の要請
以上を踏まえ、東京自治労連弁護団は、東京都に対し、以下の点を要請する。
(1)東京都立の学校に通う児童生徒の教育を受ける権利の充実を
なにより考慮すべきは、東京都立の学校に通う児童生徒の「教育を受ける権利」の充実である。
児童生徒の教育の充実は、憲法の要請するところであり、いくら配慮をしても配慮をしすぎるということはない。
東京都立の学校に通う児童生徒の教育の実情の全般的な把握と、その充実のために行える活動の検討、要望への対応を行うことは当然として、今般の問題に引きつけていえば、従来のSCが不在となった学校における児童生徒、保護者、教員などから現在の学校生活に問題が生じていないか、その実情把握に努め、手当てするべきである。
(2)「雇止め」されたベテランSCのうち、希望者について、今からでも任用すべき
「雇止め」されたSCのうち、これまで長期の勤務実績があり、勤務評価に問題のないベテランSCで、SCとして引き続き勤務することを希望する者については、いまからでも任用してSCとして配置すべきである。
これらのSCを「雇止め」したことは、上記4で述べたように違法なものであり、その解消を行い、SCの能力を活用することこそが、児童生徒らの教育を受ける権利の充実に大きく貢献することである。
(3)会計年度任用職員制度の在り方自体の見直しを
上記3で述べたように、SCについて、会計年度任用職員として任用すること自体が問題といえる。
東京都は、会計年度任用職員制度自体いかなる制度であるか、ここに位置付けられている職員の勤務実態が、4年で任用更新上限を迎えるということが相応しいものであるかを良く点検のうえ、現状のままでは問題が無いかを再検討すべきである。
熟練性が求められ、長期の勤務実績が業務に生きる業務実態がある場合は、会計年度任用職員として処遇するのは全く不合理である。この観点での再検討を求める。
6 最後に
東京都においては、本年7月7日に都知事選挙が行われ、来年には東京都議会議員の選挙も予定されている。
今般のSCの大量「雇止め」問題とともに、東京都教育委員会の管轄では、都立高校の英語入試問題のスピーキングテストについても社会問題化する事態が発生している。
これらの事態は、都教委の現在の在り方には、東京都の公立学校に通う児童生徒らの教育を受ける権利の観点から、重大な問題があることを示している。
都知事および都議会議員には、教育を受ける権利の充実と、そのために貢献すべき都教委の現在の在り方につき検証しその改善を図るよう求めたい。そして、現在この地位にある、あるいは今後この地位に就くことを希望する者に対しては、そのことを自らの政治理念として掲げ、実際に行動することを求めたい。
以上