労働者派遣法改悪に基づき自治体労働者を派遣労働者で代替しないよう要請する意見書
2015年10月30日
東京自治労連弁護団
- はじめに
地方自治体が「改正労働者派遣法」のもとで派遣労働者の使用を拡大することは、公務の産業化と不安定雇用を招くものである。公務労働はそもそも派遣労働を予定していない。また、派遣労働者の使用は、住民の雇用を不安定にし、「公務労働の民間委託」として一般的に指摘されていた問題点、すなわち、@個人情報の漏えい、A公共サービスの質の低下、B自治体の出費増加、及びC公務員や派遣労働者の地位の不安定化になる危険性が高まることが予想される。
自治体は、改正労働者派遣法による派遣労働者を使用することなく、常勤の公務員により公務を行い、住民の立場に立った質の高い公共サービスを行えるようにすべきである。 - 「改正労働者派遣法」の成立
「改正労働者派遣法」は2015(平成27)年9月11日、衆議院本会議で、与党である自民党、公明党やその他の野党等の賛成多数で可決、成立した。「改正労働者派遣法」の施行日は、2015年9月30日となっている。
「改正労働者派遣法」は、派遣労働者の1〜3年の業務単位の期間制限を撤回し、派遣労働者の正社員への転換の機会を奪うものである。また、「事業所単位」の3年の期間制限は、過半数労働組合等から意見聴取をすれば回数制限なく延長することが可能となっている。また、「個人単位」の3年の期間制限は、派遣労働者の入れ替え、あるいは派遣先の「課」を変更すれば労働者派遣を継続することが可能な仕組みとなっている。また、この「個人単位」の3年の期間制限は、派遣先に派遣切りを自由に行う権限を与えたに等しく、派遣労働者の地位を極めて不安定にするものである。
「改正労働者派遣法」は労働者の派遣を永続化し、正社員を派遣労働者に置き換えることを可能にする極めて不当な内容である。
「改正労働者派遣法」の付帯決議も、「正社員として働くことを希望している派遣労働者に正社員化の機会を与えられるよう、派遣元事業主と派遣先のそれぞれに派遣労働者の正社員化に向けた取組を講じさせること」とされており、「改正労働者派遣法」が派遣労働者の永続化を招くものであることを認めているのである。
この「改正労働者派遣法」は、公務労働にも大きな影響を与えるものである。すなわち、従前「偽装請負」と指摘されていた「公務労働の民間委託」を、派遣労働者により肩代わりできる道を開くものだからである。
労働市場に派遣労働が蔓延したのは、「派遣」による方が、直接雇用による場合よりも、安価な使い捨ての労働力を利用できるからである。もっとも、派遣労働には、一定期間による直接雇用義務という歯止めがあるため、自治体は労働者派遣法に基づく派遣労働者を利用せず、多くの場合、偽装請負の疑いが極めて高い「公務労働の民間委託」を行ってきた。したがって、「改正労働者派遣法」が施行されることにより、自治体による派遣労働者の利用が加速する懸念が避けられない。 - 公務労働は派遣労働を予定していない
「改正派遣労働法」は、一定の場合、派遣先に派遣労働者につき、雇い入れ努力義務を課している。また、@労働者派遣の禁止業務に従事させた場合、A無許可の事業主から労働者派遣を受け入れた場合、B派遣可能期間を超えて労働者派遣を受け入れた場合、Cいわゆる偽装請負の場合には労働契約申し込みみなし制度の対象になっている。これは、一般私法領域の意思表示の合致に基づく雇用契約の締結を予定している。一方、地方公務員の労働は、「職員の任用は、この法律の定めるところにより、受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基いて行わなければならない。」(地方公務員法15条)とされ、「任用」による。この点で、一般私法領域における意思表示の合致による雇い入れとは異なる形態による雇い入れが予定されている。
そうすると、派遣先の自治体に雇い入れ努力義務を課すことと、労働契約申し込みみなし制度の対象とすることと「任用」とは法的に整合せず、派遣労働法はそもそも公務労働を予定していない。また、派遣労働者の直接雇用の道は法的には保障されていない。
したがって、公務労働はそもそも派遣労働を予定していないから、自治体では派遣労働者を利用すべきではない。 - 派遣労働者の使用は住民の雇用を不安定にする
「改正派遣労働法」に基づく派遣労働者の使用は、現在自治体が使用している臨時雇用・非常勤の職員に代替される可能性が高い。自治体の臨時雇用・非常勤の職員は、自治体に居住する住民が任用されている場合が多いが、臨時雇用・非常勤の職員を派遣労働者で代替するとなると、大量の首切りが行われることが予想される。この大量首切りによって、住民の雇用は極めて不安定なものとなる。
地方自治法1条の2、第1項は、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」と規定しており、住民の雇用の不安定化は、明らかに「住民の福祉」に反するものであり、地方自治法の精神に反する。
また、このような事態は、非正規職員の正規化を政策に掲げ、予算まで組んだ舛添都知事の方針に反するものであるし、公契約条例が制定され運用されようとしている現在の情勢に逆行するものである。 - 個人情報の漏えいの危険性
自治体における労働は、戸籍・住民票を取り扱い・税金の徴収など、多岐にわたり個人のプライバシーにかかわる個人情報を扱うものである。公務員がこれを扱う場合には地方公務員法36条による守秘義務の規制があり、懲戒処分や刑事罰によるプライバシー流出に対する強い担保が設けられている。その反面、公務員は原則として終身雇用とされて身分が保障されており、賃金も俸給表により体系化されていている。
これに対して派遣労働者の場合、刑事罰による規制が無い。
また、上記2で論じたとおり、「改正派遣労働者法」が派遣先に派遣切りをする権限を与えた結果、従前に比べ更に身分の保障が不安定になった結果、懲戒処分が十分機能しないうえ、最長三年で派遣労働者は業務を交代する。また、派遣切りをされた派遣労働者が個人情報を保護するための十分な担保がなく、この点でも個人情報漏えいの危険性は極めて高いのである。
現在の情報化社会において、個人情報が一度漏えいされると、極めて多くの情報が、瞬時に、かつ永続的に漏えいされる恐れがあり、住民が被る不利益は極めて大きいといえる。一方、行政の側も、個人情報が漏えいされれば、住民に対する損害賠償のリスクを負うことになる。 - 公共サービスの質が低下する危険性
(1)公務労働の重要性
公務労働は、住民にとって極めて重要な意義を有する。例えば、戸籍を例にすると、様々な法令や権利関係を左右する、出生や死亡その他の親族関係を公証するという制度の重要性から、特定の利害関係を有する営利事業者ではなく、市区町村長が所掌することとされているのである。
(2)公務に十分に習熟しない
公務労働は、上記のとおり極めて重要な意義を有しており、高度な専門職である。しかし、「改正労働者派遣法」によると、「個人単位」の派遣労働者は、3年で入れ替え、あるいは「課」が変更される。そうすると、派遣労働者は、十分経験を積むことなく他の課へ異動することになり、十分公務に習熟することが出来ない。その結果、住民に対して行われるサービスの質は現在より低下する可能性が極めて高い。
(3)住民の声を反映する仕組みが働かない
公務労働分野、とりわけ地方自治は、住民の意思を反映して地方自治は行われなければならないという「住民自治」という地方自治の本旨に基づき行われるべきことが、憲法92条により要請されている。この点、公務員は憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っており、公務員になる際「宣誓」をしており、地方自治の本旨に基づいた地方自治のために職務を遂行すべき義務がある。これを受けて、地方公務員は自治研活動等を行い、住民の意思に基づいた地方自治を実現するために努力をしている。しかしながら、派遣労働者は、派遣先企業に派遣される者であり、このような義務を負うものではない。
地方公共団体にて、自らの裁量で住民の意思を反映するすべを持たない派遣労働者が公務を担うことになると、住民の声を反映すべき地方自治の仕組みが働かない可能性が極めて高い。 - 自治体の出費が増加する可能性が高い
派遣労働者を使用するとなると、自治体は従前の職員に対する人件費という支出に加えて、派遣元企業の利益のために新たな支出を強いられることとなる。そうすると、派遣労働者のために支出すべき人件費相当分に加えて、派遣元企業に対して利益を上積みして支出しなければならなくなり、自治体が支出する税金の総額は増加することになる。
これを避けるためには、派遣元企業が派遣労働者に支払う人件費を減額しなければならなくなるため、派遣労働者の労働条件は悪化し官製ワーキングプアを生み出す結果を許容しなければならなくなる。これに対して、「改正派遣法」の付帯決議は、労働者派遣法の原則として、「派遣労働が企業にとって単純な労働コストの削減や雇用責任の回避のために利用されてはならないことを再確認し」としており、人件費の減額はこの付帯決議に明確に反することから、派遣労働者を自治体が利用する場合に、派遣元の企業の利益のために、派遣労働者の賃金を不当に減額できないことは明らかである。
さらに、自治体が現在使用している、臨時・非常勤の職員は、最低賃金と程同水準にて使用されているという実態がある。そうすると、臨時・非常勤の職員の代用として派遣労働者を使用した場合、派遣労働者に対して支払う賃金を、臨時・非常勤の職員より低廉にすることは法律上許されない。これに加えて、派遣元企業に利益を得させようとすると、自治体の出費は必ず増大することになる。
以上のとおり、自治体が派遣労働者を利用する場合、どうしても自治体の出費を増加させることとなり、正規職員を雇用する場合に比して税金からの支出が増えることになる。 - 労働者の地位が不安定になる危険性
派遣労働者の指揮監督権は派遣先である自治体にある。労働者の雇用問題について誰が責任を負うかという問題については、間接雇用労働者である派遣労働者固有の問題がある。
この点、自治体の臨時・非常勤職員についても一旦任用が更新されないと、救済が困難であるという問題はある。しかし、その場合であっても、労働者と雇い主である自治体の関係は直接であり、自治体の中で労働組合を組織し、団体交渉を行うなどの手段により労働者の権利を守ることはできる。
一方、派遣労働者の場合、雇止めその他の労働問題が発生した際に、派遣先、派遣元といずれに働きかければいいか判然としないことが多くある。また、派遣先、派遣元共に責任逃れをする可能性も高い。
さらに、前述の通り、公務における派遣に特有の問題として、公務は任用とされているため、みなし雇用について直接適用されない問題がある。 - おわりに
以上指摘してきたとおり、「改正労働者派遣法」に基づき、自治体が派遣労働者を使用することは、住民の雇用を不安定にし、個人情報の漏えい、公共サービスの質の低下、自治体の出費増加、公務員や派遣労働者の地位の不安定化を招くものである。
住民の立場に立った質の高い公共サービスの確保のために、自治体は改正労働者派遣法による派遣労働者を使用することなく、正規雇用の公務員により公務を行うよう要請する。
以上